こんにちは、あなたの心に寄り添う不動産・投資アドバイザー、ユキーナ ・サントスこと富塚祐子です。

今、ベンチャー企業について考えています。

昔からそうだったのかもしれませんが、ベンチャー企業には、成功と失敗の明らかな違いがあるようです。

京セラも、設立当時はベンチャー企業であったはずです。

それが今は、世界で数兆円の売り上げを誇る企業となっています。稲盛氏が設立したKDDIも、今では日本の電気通信事業のトップスリーです。

さらに、JALは経営破綻しましたが、稲盛氏が関わったことで新たに生まれ変わった、ともいえる再生を果たしました。

ここには、新しいビジネスを成功させる秘訣があるように思います。

今回は、稲盛氏の話から、ベンチャービジネスの成功と失敗を分ける条件を考えてみました。

そのポイントは次の通りです。

1 人間として正しい事に基づいているか?
2 宇宙の法理法則に合っているものか?
3 愛が根本にあるのか
4 懸命に努力しているか?
5 足るを知る、を実践しているか
6 共生前提か?

 

これらはさらに、言い換えるとこのようなことだと思います。

1 人間として正しい事に基づいているか? →国家を超え、普遍的に共通するものか
2 宇宙の法理法則に合っているものか? →人類だけが繁栄すれば良いという考えではないのか?
3 愛が根本にあるのか
→人に与えることが基本になっているのか
4 懸命に努力しているか?
→誰かを守るための最善の努力をしているか?
5 足るを知る、という思想が根本になっているか?
6 共に生きることが前提になっているか?

1 人間として正しい事に基づいているか?

「人間として正しい事は、国家を超え、普遍的に通用する。ここで、もう一つ大切な事は、「日本にとって」「日本人にとって」という問いをしていないことです。フィロソフィーとは一個人の利益、一企業の利益、さらには一国の国益という狭く限定的な次元を超えたものです。人類にとって正しい、善なる考え方に立脚したものなのです。だからこそ、京セラが後に海外展開をした時、そのフィロソフィーがグローバルに世界各地の人々から理解され、通用していったのだと思います。

私のフィロソフィーには、私自身の思想形成に影響を及ぼした日本古来の伝統思想や仏教、または中国の古典に見られる倫理観や哲学が含まれています。それらの倫理観、哲学は、もともと「人間として正しい」という事に立脚した考え方です。そのために世界中の誰もが「なるほど、そうだ」と納得できる普遍性を持ち、世界中で共有することができたのだと思います。

 

→ 人間として何が正しいか、を判断基準にする、これは何度も稲盛氏のフィロソフィーの中に出てきます。

それでも、今回改めて、その重要性に気づきました。

コロナ禍で、たくさんの人が、他国を責めたと思います。アメリカの大統領選挙の間、たくさんの人が、日本にとって、日本人にとって何が良いのか、これを考えたと思います。

これは自然なことで、無意識のうちに我々はこのように考えます。けれどもやはり、自分にとってというエゴの発想になります。宇宙の視点が欠けている、とも言えるかもしれません。

けれども、稲盛氏は、人間としてどうか?これをいつも自分の判断基準にしておられる、ここに今、改めて気づきました。

 

2 宇宙の法理法則に合っているものか?

 

→人類だけが繁栄すれば良いという考えではないのか?

 

(われわれ人間に)立派な良識が備わっているのであれば、限られた資源しかない地球環境の中で、あらゆる生物が共存していくためには、どうあるべきかという正しい道を我々人類が見出し、歩んでいくしかないはずです。

人類だけが繁栄すれば良いということではなく、この地球上に生を受けた生きとし生けるもの全てのもののことを考え、共に生きていく道を、なんとしても見出していかなければなりません。

 

→ ヨガでは、人間ではない動物や、物のポーズをとります。これは、人間の視点からでは見えなかった視点に立って、発想を変えていくためです。別の視点を持つために、このポーズをしているようにも思われます。人間以外の生物には、危険を察知する力、生きていく本能がしっかり備わっているように思われます。

人間も、本来そのような本能が備わっていたと思います。

けれども、我々独自の常識や固定概念、価値観などにとらわれるため、動物としての本能が働かなくなります。人間が、危険察知能力や、本能を取り戻すには、動物から学ぶということも必要になってきているのです。

このようなことを考えると、稲盛氏がここでおっしゃっている、世の中に存在する生命に意識を向ける、これはとても大切なことだと思います。

 

乗り物の事故にあったり、家の中でもちょっとしたことでつまずいたり、転んだりする方は、ものを大切に扱わない人が多い、と聞きます。

物にも意識があり、我々がぞんざいに扱えば、そのマイナスの意識が自分に返ってくる、このようなことではないかと思います。

 

人間と同じように、物にも存在理由があり、意識があるわけです。自分が、対象に対して、「どうでもいい」という意識で接すれば、相手の方からも、「どうでもいい」という意識で扱われた結果、これが返ってくると思うのです。

稲盛氏のご指摘は、このような内容(宇宙の法則)を表しているように思います。

ポイント3-6は次回お伝えします。

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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