こんにちは、あなたの心に寄り添う自分軸アドバイザー、ユキーナ ・サントスこと富塚祐子です。

今回は、標記のテーマと関連して、

稲盛氏が「京セラフィロソフィ」の中で

次のようにお話をされています。

稲盛氏のお言葉は「」で引用させていただいています。

 

「その場合(つぶれそうな会社に掛けで商品を)、

売るべきなのか、それとも断るべきなのか。

『利他の心で判断するならば、この場合、

当然、売ってあげるべきなのだろう。

しかし、そうすると売掛金が焦げ付いて、

うちの会社が困ることになる。一体どうすればいいのか。

利他の心と事業経営は矛盾するのではないだろうか』

と迷ってしまう人も多いと思います。

そういう時、私は『大善と小善』ということを考えます。

例えば自分の子供をかわいがるあまり、甘やかし放題に育てる。

その一瞬一瞬は子供も喜んでくれるのですが、

結果として、わがまま勝手に育ち、

とんでもない人間になってしまい、不幸な運命をたどる。

このように目先のことしか考えずに

相手に施そうとする善行を『小善』と言います。

その時はいいように見えても、

後々悪い結果を招くことになる。

『小善は大悪に似たり』と言いますが、

つまらない善を為す事は

返って悪をなすことになるのです。」

 

この小善か大善かを判断するには、

次のような視点で考えることが必要です。

 

1. 最終的に誰を満たす行為か?

2. 相手を卑しい人間にするか?

3. 相手の自立心を奪っていないか?

 

 

一つずつ説明します。

 

1. 最終的に誰を満たす行為か?

「ここで大切なことは、相手にとって

何が本当にいいことなのかということを

考える必要があるということです。」

→ 本当に相手のためを考えて、自分が行動しているのか?

これを常に考える必要があります。

相手のため、と言いながら、自分のために

「○○しなさい、あなたのためだから」と言っていないか。

自分の正義感を満たすため、あるいは、

自分が責任逃れをしたいから、

もしくは自分がいい恰好をしたいから、

これを言っているのではないか?

これを常に考える必要があります。

また、「私がこの行動をとることで、

最終的に満たされるのは誰だろうか?」

これも常に自分自身に問いかけていく必要があります。

 

2. 相手を卑しい人間にするか?

「(人から正当な理由もないのに、)高価な贈り物を

うけとることが習い性として身についていって、

人間が次第に卑しくなるのです。

人間の中で一番レベルが低いのは、

『卑しい人間』だと私は思います。。。

人間として一番低俗であるこの『卑しい人間』を

育てるようなことをしてはいけません。」

→ 与えられることが当たり前になると、

人は、それを当たり前として、より大きなもの、

高価なものを要求するようになります。

すでに十分与えられているのに、これでは足りない、

としてより多くのものを周囲から奪おうとします。

中央や地方政府からの補助金もこのような例です。

他からの施しを期待し、それが行き過ぎると、

結果として卑しい人間を作ってしまいます。

大善と小善の区別は、

相手を卑しい人間にしてしまうのかどうか、

このような観点からも考える必要があります。

 

3. 相手の自立心を奪っていないか?

「IBMの社是では、

(老人から餌をもらうことが当たり前になっていた野鴨が、

老人が亡くなったため、皆、餓死してしまい、)

IBMではこのような社員の育て方はしません、

と書かれているそうです。。。。

この前も発展途上国を支援するODA(政府開発援助)の広告に

『私たちは貧しい国の人たちに魚を与えるということはしません。

ただし魚をとる方法を教えます』

というような表現が載っていました。

ただ魚を恵むだけでは、食べてしまえば何も残らない。

相手にもらい癖をつけてしまうだけです。

今、食べるものを与えるというのではなく、

どうすれば食べていけるかという方法を教える。

お腹が空いて困ることがあっても、

川に入り、海に入り、教わったやり方で魚を取ればいい。

方法さえ身につければ、

あとは自分たちで生きていけるはずだという考え方です。

これが『大善』です。

魚を恵む、お金を恵むというのは小善でしかなく、

結局は自活できない人たちを育てることになります。

そのような意味で、最近では慈善事業も、

本当に相手を助けるということはどういうことかを

考えるようになっています。

『利他』を考える場合、皆さんにはこの

『大善と小善』ということの意味を

十分理解していただきたいと思います。」

→ 国と国の関係でも、会社と従業員の関係でも、

親子や兄弟の関係でも、この依存関係はみられます。

依存させて相手をコントロールする、

これを無意識のうちにやっていることがあります。

依存の根底にあるのは、実は「奪う意識」です。

相手の成長の機会を奪い、自分の心を満たそうとする意識です。

「相手のために」という言葉の裏には、

このような無意識の思いがあることがあります。

自分自身も注意して、自分の行動、

その背後にある思い・エネルギーを

みていかないといけないと思います。

 

まとめますと、

自分のやっている行動が、

「大善か小善」か、これを判断するには、

誰を満たす行為か、を客観的に分析し、

相手を卑しくしていないか、

成長の機会を奪っていないか、

という観点からチェックし、

その行動の裏にどのような意図や

エネルギーがあるのか、

これに目を向ける必要があると思います。

自分の行動をいつも、細かくチェックしようと思いました。

 

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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