ああ、これ以上のブラック企業はない。早くもう少しマシなところに移りたい、これって私のこと?と思ったあなた、ブラック企業退散方を教えましょう!あなたの環境クリエイター、ユキーナ ・サントスです。

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今日は、生意気という言葉から、ブラック企業との付き合い方を考えてみたいと思います。

ブラック企業との付き合いの極意、それは自分の人生をとても大切だと思えば、ブラック企業との付き合い方が見えてくる。これです。

 

なんのことか?と思われているでしょう。説明しますね。私はまだ20代の頃、海外に留学したいと思っていました。海外で勉強して専門性を高めて、世界に通用するプレイヤーになりたいと思っていたのです。

留学させて欲しかったので、その思いを文章にしました。それを見た直属の上司がこのようにいました。「この表現は、「生意気」に捉えられるから使わないほうがよい」
今はどんな表現を使ったのか忘れてしまいましたが、上司から言われたこの言葉を今でも鮮明に覚えています。

当時の私は、「国際化時代を見据えて、世界で通用するプレイヤーになりたいと言っている、それのどこがいけないのだろう!」と大変腹立たしく思ったものです。

 

そこから20年以上経って、当時の自分を思い出すと、未熟でとても恥ずかしくなるのです。

私のいた企業は、不動産のコンサルティングの部門では日本一でした。そこでしか見つけることができないノウハウがたくさんあったのです。そしてそこで経験した案件は本当に勉強になるものでした。

当時の私は、この自分の環境に対する、感謝の気持ちがほとんどありませんでした。自分がその地位を築いたのは、自分の実力だ、とうぬぼれていたのです。会社が留学をさせないのであれば、なんとしてでも自分の力でやってやる。自分の力で世界で生きてやる、くらいのことを考えていたのだと思います。

お釈迦様の手のひらの中で、動き回っていた孫悟空のようです。自分はこれだけのことができるぞ、どうだと言って見せても、それはあまりにも幼稚なものだったのではないでしょうか?少なくとも、「こいつは生意気だ」と思われたのであれば、私は人の気分を害していたのです。人間として最も大切な、「和を作る」ということに失敗していたのです。

私は負けない、私を邪魔する人たちをギャフンと言わせてやる、くらい思っていたのではないでしょうか? 相手を打ちまかすことしか考えていなかったのです。 孫子の兵法でも言われていますが、戦って勝つのは下の下の下です。上等な人間は、しっかり戦いを避けることができるのです。無駄なリソースの消耗を避けることができる人です。当時の私は、そんなことに考えすら及びませんでした。

今の自分がその時に戻っていたら、どんな行動をしていたでしょうか?

まず、経営者と同じ目線に立って、本当に海外に留学することが必要なのか、これを考えてみます。何度も何度も自問自答して、自分のキャリアアップのためではない、会社のため、たくさんの同僚の為、後輩のためになるのだ、という自信を持てるのかどうか考えてみます。

そして、yesの回答が躊躇なく出てきたら、次の行動に移ると思います。なぜ自分が海外に行くことが必要なのか、それをすると会社や働く人たち、ステークホルダーにとって何が良いのか、それをあらゆる場面で慎重に時間をかけて説明していくと思います

それと同時に、海外の業務をするとなったらコミニュケーション能力は欠かせないでしょう。誰よりも一生懸命に英語を勉強すると思います。

そして自分の休みを使って、会社のためにこのプロジェクトを進めることをやっていきたいと思います。

そして企業のトップや管理職にことあるごとに、海外進出業務の大切さを説いていこうと思います。真剣に誠実に向き合うようにしようと思います。それでも、どうしても意見が合わなかったときに、わがままを許してくださいと言って、頭を下げて会社を去るのだなと思います。

その後も遺恨を残さないように、朝早く会社に来て、誰よりも仕事をして、遅く帰るというような生活を続けて退職したいなと思います。

 

会社の悪口をいう、同僚の悪口をいう、海外に別天地を求める、これが100パーセント悪いことだとは思いません。けれども、既に与えられているものを、大切に育て、そこに感謝をすること、これが人間としての基本的な態度だと、今になると思うのです。

どれほど最悪のブラック企業であっても、誰かの、人のためになること、人から感謝されることを必ず1つは、やっているのです。そこを見つけて自分の心を磨くことができます。このような生き方をすることができるのです。しかしもう1つの生き方もあります。そのブラック企業の黒い部分にたくさんフォーカスして、そこに終始文句を言って生きていくこともできます。この2つの姿勢の差は皆さんお分かりだと思います。自分の人生の中の1分1秒を恨みで埋め尽くすのか、感謝で埋め尽くすのか、この違いです。

すべての事は全く無駄では無い。必ずしも後の人生に何か役に立っている、こう思えたときに、運が好転していくのではないかと思います。

 

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。