私が私が!、と自己主張が強い人を見るとなんだか嫌な気持ちがする、心がざわざわして落ち着かない、こんな悩みをお持ちのあなた、我が強い人に反応しない心が作れます。あなたのためのメンタルヨガインストラクター、ユキーナ ・サントスです。
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今日は、我の強い人の苦労と、日本人の心のあり方を考えてみたいと思います。

ポイントはこれ、自分に与えられた能力に、心のそこから感謝してそれを最大限に使うようにすること。さらに、謙虚にして驕らず、これを心がけていると、心の幸せを与えられる、これではないかと思うのです。

京セラ名誉会長、稲盛私が個人的にビジネスのノウハウを中小企業のリーダーたちに教えてくださっています。その記念講演で、ロサンゼルスオリンピックの金メダリスト、山下選手がお話をしてくださいました。それは同じ柔道のオリンピック選手野村選手のお話です。

京セラ名誉会長、稲盛私が個人的にビジネスのノウハウを中小企業のリーダーたちに教えてくださっています。その記念講演で、ロサンゼルスオリンピックの金メダリスト、山下選手がお話をしてくださいました。それは同じ柔道のオリンピック選手野村選手のお話です。

自分が二大会連続の金メダルという快挙を成し遂げたにもかかわらず、それを少しも自慢することなく、中村選手の世話をかいがいしくやった野村選手の話が書かれていました。野村は控え室で敗者復活戦にも敗れた中村の道着を宝物を扱うようにとても大切に丁寧にたたんでいた、と書かれていました。

それをかけてみていた山下選手と他の監督さんはこのように思ったそうです。
試合の畳の上で柔道をする野村選手、これはもちろんたくさんの日本人に見てもらいたい。けれどもこうして、仲間を気遣い美しい心を持っている野村選手、これも同じようにたくさんの日本人に見てもらいたい。。。

このようにおっしゃっていました。

実は、このエピソードを読んだちょっと前位に、私の夫から野村選手の動画が送られてきました。それは九州のある高校だったと思いますが、野村選手が特別指導者として招かれ、高校生に柔道を教えていました。

野村選手は、柔道が好きで一生懸命練習していたけれども、なかなか強くはならなかった。けれどもある時、背負い投げに集中して練習してみたらどうか?ということでたくさん集中してお稽古を始めたそうです。来る日も来る日も、これが自分の強みになると思って一生懸命お稽古した結果、それで全国大会に勝つことができ、オリンピックまで行けた、このようなお話をされていました。

だから、あきらめないで一生懸命お稽古をしてほしい、このようにおっしゃっていました。柔道は自分の体型を生かして戦うことができる。自分の得意技を必ず見つけることができる、そのように信じてお稽古をすることがとても大切だと、このような意味を言野村選手がおっしゃっていたと思います。
ちなみにその時の動画はこちらです。
ブラジル人の夫は、野村選手の言ってることを理解したかったため私にこのビデオ送ったのです。
野村選手がオリンピックで金メダルを取ったときは、私は社会人で、それほど柔道のことをよく知っていたわけでもありませんでした。そして普通の一般人として柔道の試合を見て、日本人が金メダルを取ったことで喜んでいたわけです。けれども今こうして野村選手のビデオ見たりしてその話を聞いてみると、なるほど言っていることが深いなと思うのです。

そして、1番最初の山下選手のお話を聞いてみると、納得がいきます。世界の中で快挙を成し遂げていく方は、ある意味、とても心を高められて、人間的に素晴らしい方であるように思います。

日本の企業で12年働き、その後外資系企業で10年近く働きました。そこで考えるのは、素晴らしい人格、道徳倫理観などと言っても、所詮世の中は金を求めて動いている、これでした。倫理だ、道徳だなどと言うのは綺麗事で、自分たちも現実を見ていかないと、彼らは、世界を言ってる人たちに飲み込まれてしまう、こんな感覚を持っていました。

けれども今はそう思っていません。やはり、どのような世の中であっても、人間性を高めるしかないのだと思います。

国境を越えて活発に投資を行っている投資家たち、彼らをつき動かすものは、一種の恐れではないかと思います。自分の財産がとられてしまったらどうしよう、自分の家族が生きていけなかったらどうしよう、自分がこの国で、この地域で、排除されてしまったらどうしよう、このような恐れから、ひたすらに金銭を求め、それを安全な場所に移そうとする、それはなるべく短期間で増やし、安全な場所に置いておこうとする、このようなマインドがすべての経済活動をつき動かしてるような気がします。

 

日本もかつてはそうだったのかもしれません。けれども西洋から見たら極東にある島国であっただけに、その中では一瞬の人生観、宇宙観が育ったのだと思います。それは、物質や足のものにとらわれていては、魂の幸せは得られない、このような宇宙観ではないでしょうか?
周りの世界がどうであろうと何が起ころうとも、変わらぬ価値観を持ついわゆる魂の離脱をするということが1番の幸せであると気づいていたのではないでしょうか?

こだわりを全て捨てるところに1番の救いがある、このような考えが、我々の基本にあるような気がします。

話がだいぶ大きくなってしまいましたが、心の美しさ、心を磨くこと、これが究極的にはすべての不安の解決になるのだと私は思います。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。